蒼い鳥

 

 

 

 

 


深い業を背負って死んだ人間がその業を魂から洗い流すために、ほんの短い間だけ得る姿。
 


業を背負ったまま苦しみ続けるか…
ちょっと道草くって、また幸せな生を得るか…
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
俺は蒼い鳥。
 

 

 

 

 

 

 

自分の「対の人間」を見つけて、そいつに幸せをもたらす。
対の人間に必要とされ最高の称号を手に入れると、蒼い鳥としての生は終わる。
魂の浄化が完了した証拠。

そして俺達はまた人間に生まれ変われるんだ。

 

 

 
前世の業を覚えてる奴もいるらしいが、生憎俺は全く記憶にねェ。
でも、痛みのない霊体であっても感じる痺れるような痛み。
何か俺の魂を苦しめる業がついて回ってるんじゃねェかと思ってな。
それに、ちょっと他人様のためになってみるのもいいじゃねェか。

性格的に長続きするとも思わなかったが、俺の対の人間とやらがどんなcoolな奴かってのも気になったしな。
 
 
契約放棄しねェための担保。
俺は自慢の琥珀の右目と引き換えに、蒼い翼を手に入れた。
鳥と人間の両方の態をもち、どちらでも活動できるってのもイイ話じゃねェか。
 

 

 

 

 


そういやァ…

 

 

俺ァ昔どこかで鳥になってみてェって願ったことがあるような気がするな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まァ…いいや。
 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
しかし、星の数の人間の中からどうやってたった一人の対の人間を見つけろってんだ?
誰に聞いてみても「何となくわかる」だとよ。
 

フザケんな!!
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 
 
…って思ってたんだがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
何も考えず、飛行に慣れようと目的もなく低い空に浮かんでた時だった。
 
 
 

 

 

 


何気なく向けた視線の先。
咄嗟に感じた縁は確信に変わる。
 

釘付けになって目が離せねェ。
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


俺の対の人間は嫌味なほど赤いやつだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかも野郎。
テンション下がるにも程がある。

まぁ、人間年齢が近いのがせめてもの救いだったかな。
 

 


 
 
「Hey!そこの赤いアンタ…俺は伊達政宗、友達になろうぜ」

 
 

名は真田幸村。
 
 
「政宗殿…でござるか?」
 
「Yeah…俺がアンタを幸せにしてやる!Drive you happy!!」
「某は男でござる、そういう言葉は女子に言うものではござらぬか?」
「・・・・」
 
突っ込みどころ満載な俺の出現はさておいて、そんなどうでもいいところで小首をかしげる童顔の男。
 
 
 
「文句は最後に言いな」
 

俺を目の前にしても動じなかった、図太い根性の持ち主。
人間の姿で長くいられない俺を、なかなかのカゴを用意して傍においてくれた。
 
 
幸村は若ェくせに、なかなかに無欲で硬派な男だった。
俺の仕事なんざ、あったもんじゃねェ。
 

 

 

して欲しいことはないか。
叶えたい願いはないか。

何を聞いても返事はいつもきまってた。

 

 

 

 
「今が一番にござる」
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 
 
俺はどこで何を間違っちまったんだろな。
居心地が良すぎたのかもしれねェ。
 

 
俺を撫でるその手があまりに優しくて…
 

 

 
それは人の姿であっても変わることはねェ。
背丈もそう変わらねェ野郎の髪を慈しむように撫でる。
俺もそれを嫌だと感じることはなかった。

ただの一度も。

 
それが「対の人間」って存在なのかもな。
 
 

 

 

俺はいつの間にか幸村のことが…
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
 
 
 
だんだん空が高くなり、夜も眠りやすくなった頃。
 
 
俺は初めて受けたその衝撃を上手く逃がすことができなかった。
 
 

 

「政宗殿に紹介しておきたい方がおるのだ」
 

 


 
 
 
それは幸村が俺をそれなりの存在だと認めてくれている証拠。
近しいと感じてくれてる現れ。


 
それがアダになるなんてな。

 

 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


幸村には婚約者がいて

 

 

 

 

 

 

 

 


もちろん俺は、幸村を得たいなんて思わなかった。
身の程知らずにもほどがあるからな。
姫との仲が睦まじくいくように、俺は全身全霊ではたらいた。
 
 
本能的に幸村の幸せを最優先しちまう俺。
胸倉を掴まれるような苦しい気持ちに気付かねェまま、幸村の笑顔のために、姫の笑顔のために。

かじかむ手足にも構うことはなかった。
 

 

でも…
 
なんで世の中ってのは残酷にできてんだかな。
 
 
 
正式に幸村との婚姻の約束が執り行われ、とりあえずちょっとした祝い事でもしてやろうと言い出したら…
 
「人間のお姿を見せて下さい」
 
 
片目に蒼い髪という不器量なザマはあんまり他人に見せてェモンでもねェ。
それでも言いだした手前、撤回するわけにもいかねェ。
 
姫はそんな俺を美しいと、眩むような笑顔を向けてくれた。
 

 

 

 
その日…
 
 
山間のこの一帯にうっすらと積もった初雪に散らばった赤い血。
神の世界の花の落英かと見紛う紅。
 

 


姫は労咳を患っていた。
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幸村の嘆きようは、目をそむけたくなるほどで、可愛い笑顔は涙に変わった。


俺がいくら宥めても無駄。
それでも俺は見返りなんざ求めちゃいねェ。
少しでも幸村が笑ってくれるように、祈り、努めた。
 
 
 


いつも決まっていた答えはいつしか変わっていた。
 

 

して欲しいことはないか。
叶えたい願いはないか。
 

 

 

 

 

 

 

「政宗殿に某の何がわかるというのだ」
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何もわからねェ。
何も共有してやれねェ。
ただ幸村の言葉が胸に突き刺さる。
 
この苦しみと同じだけ、お前も辛かったんだろうな。
 
 


 

 

 

 

 

 

 


姫がついに意識をなくした日、幸村はどうしようもない悲しみを撒き散らした。

涙をポロポロと落とす幸村を咎めるやつなんかいねェ。
普段から周りのため、主人である武田のオッサンのためと、自分のことは二の次な幸村。
少しの我が儘を誰もが許した。
 
俺は何とかその涙を止めたくて縋るように言い寄った。
何かできることはないか…と。
 
 
 

 

 


「貴殿は某の幸福のためにいるのではないのか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


存在を全否定され、頭ン中はもう真っ白。
 

 

 


そうだよな。
俺はアンタを幸せにするためにここにいるってのに…
アンタが悲しんでちゃ、俺の存在価値なんざあったもんじゃねェ。

 


「姫を…姫を返してくだされ!」
 

 

 

 
 
泣きながら天に叫ぶ幸村に、俺は決心した。

 

 

 

 

 

 

 


 
蒼い鳥は対の人間に愛され必要とされると、その業を相殺され、生まれ変わって幸せな人生を歩むことができる。
その対の人間と一緒に。
 
そのために俺達は必死で役に立とうとするんだ。
 
それでも蒼い鳥の力には限界がある。
殺生や反魂…
まァ多少の治癒ぐらいならできるけどな。

俺達だって魔法使いじゃねェんだ。
 
 
 

その一方で、俺達は禁忌とされる奥義をもつ。
己の魂と引き換えに対の人間の望みがひとつだけ何でも叶えられる、その奥義。
自分の力の及ばないことでも何でもだ。
転生を望む俺達にとって、使うことはない奥義 。

それを使えば俺の魂は消え、いくら幸村に感謝されたところで生まれ変わることはできねェ。
 
 


でも…


俺は幸村の悲しむツラをこれ以上見てられなかったんだ。
姫が元気になって幸せな人生送れたら、俺のことだって忘れずにいてくれるかも知れねェ。

二度と会えなくなっても、幸村が覚えててくれたら…
 
 


 
俺は幸せだな。
 
 
 
 

 

 

 

 

 


 
 
 
項垂れる幸村の隣、俺は静かに立ち上がった。
少し自棄になったような気もするが、もう俺にはこれしか残されてねェ。
どう考えたって、俺に出来ることなんざ他に何もなかったんだ。
結構デキる奴だと思ってたんだけどな。
結局俺もちっせェ存在だったってことか。
命掛けてやっと幸村の笑顔ひとつ取り戻せるかどうか…
 
自分の無力さに泣けてきた。
 
 

 

弱々しく眠る姫を抱き起こし、俺は庭に出た。

「20数えたら襖開けて出てこい」
 
「なっ…姫に何をするのだ!!」

外は肌を刺す寒さ。
姫の頬も雪のように白い。
 
「No problem…俺はアンタを幸せにしてやる」
「政宗殿!」
 
少し怒ったような声。
振り返っちまったら決心が揺らぎそうで、俺は幸村の声に背を押されるように踏み出した。
 
襖を閉め、冷たい板張りの廊下に姫と二人。
己の最期を思って胸の奥がグッと凍りつく。
 

 

そう言えば…

幸村に触れたことってなかったな。
いつも幸村が髪を撫でるだけで、俺から触れたことは一度もなかった。
 
 

冥土の土産に少しワガママ言っても…
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
…なんてな
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 
俺はいつの間にか幸村のことが好きになっちまってたんだ。

 

 

 

 

 

でもそんな感情俺には関係ねェ。
俺は幸村が幸せに生きていけるように努力するだけ。


だたそれだけだ。
 

 

 


最後に見た幸村のツラは、弱く不安に満ちていた。

それをまたあの太陽のような笑顔に変えるのはこの俺だ!


 
 
 

 

 

 


さぁ、姫…


帰ってきやがれ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幸村…

真田幸村…

 

生まれ変わって、アンタと一緒に生きてみたかった。
 
当然じゃねェかよ。
そのために片目犠牲にしてまでこの姿を選んだんだ。
また人間として生きるために…
 
 
 
いや…

どうだろな 。
 

案外どうでもよかったのかも知れねェ。
ただ、アンタと一緒にいたかっただけなのかも。
転生のチャンスを得ることよりも、アンタ自身が目的になってた気もするな。
 
 
 
まァ、だから何だって話なんだけど。
 
 

 

 

俺としたことが、ここにきてやたら未練たらしくなっちまった。
冗談じゃねェ。
俺は幸村を幸せにしてみせる。
 
幸村の全てはこの姫なんだ。
それなら俺はその姫を守る。
何が何でも守るんだ。
 
 

 

 

 

姫を力強く抱きしめ、俺の全てで祈る。
俺の体が蒼く光り、翼が広がった。
 
例えるなら、体が透き通るような。
 
 
 
 


 
妙な浮遊感と霞む視界の中。

 

 

ふと…


美しい姫が目を開けて微笑んだ。
 

 

 

 


 

「ありがとうございます、美しい蒼い御仁」

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
嬉しかった。
 
達成感なんかもあったが、そんなものよりも単純に感謝されたことが嬉しくて堪らなかった。
アイツが大切にしてるモンに、こんな笑顔向けてもらえるなんて。
認められたような喜びに、胸が張り裂けそうだっだ。
 

 

 


 
つられて、俺も笑う。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうか…

 

幸せになってくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
役目を終えた俺の体は崩れ落ちるように床に叩きつけられた。
その音に、しびれを切らした幸村が襖を開ける。
 

 


 
一面の銀世界に浮かぶ美しい姫。
 
 
 
 

 

 

幸村が目にしたのは、静かに泣く姫と、その細い腕に抱かれた俺の体。

 
輝きを果たした翼は役目を終えて色褪せ、尽きようとしているのが嫌でもわかる。
だんだん眠気が強くなり、意識も朦朧。
尋常でない雰囲気を汲んだ幸村が、不安そうに俺の顔を覗き込んだ。
こんな細い女に抱きかかえられてんだ、何かおかしなことが起きてるって思うよな。
 
「政宗…殿…?」

 
 
 
 
何が起きたのか、俺がこれからどうなるのか、悟ったような声だった。
不安と憔悴に満ちた、アイツらしくねェ声。
 
 
「政宗様が、私をお救い下さいました」
 
「!!!!!」
 
また元気になったというのに、ボロボロを涙をこぼす姫。
せっかく幸村と幸せになってもらうように頑張ったってのによ。
泣かれたんじゃ辛ェじゃねェか。
 
笑ってくれよ…
 
アンタも幸村も。
 
 
「ま、政宗殿…しっかりなされよ…!」
 
 
アホか。
無理言うんじゃねェ。
 
 
薄く虚ろに開いた左目いっぱいに幸村が映る。
 
 
 

 


 
 
「好き…だ…」
 
 

 

 

 

 

 

 

 


伝えるつもりなんざさらさらなかった本音が吐息のようにこぼれちまった。
気持ちを抑えつけてた意志も虚ろになり、隙をついて漏れた本当の気持ち。
 
 
許されるなら、泣いて縋りてェ。
アンタが欲しいと大声で叫びてェ。
融け合わんばかりに強く触れ合いてェ。
 
俺だけ見ていてほしかった。
他の誰よりも俺を想い、傍にいてほしかった。
どんな時でもまず俺のことを考えるような。
 
一生アンタの一番近くで過ごして、最期の時を共に迎えてェ。
アンタに愛されて、俺はそれよりもっとアンタを愛して。
 
 
 
 
 

 


 
 
 
 
堰を切ったように流れる涙。
 
本当は抗いたい俺を、運命ってヤツは無残にも潰しにかかる。
身も心も、もうあと僅か。
それでも俺は笑っていてェ。
 
 
 
「政宗殿…っ、なんで…」
 
 
はァ?
愚問だぜ、幸村…
 
 
 
1番が手に入ると、人間って寛大になるもんなんだな。
さっきまで笑ってもくれなかった幸村が、俺のために涙なんか流して…
やっぱり姫の存在がなきゃ、幸村はダメなんだ。
可愛いやつじゃねェか。
 
薄く笑う俺を、幸村は把握したように抱きしめた。
 


それでもいい。

1番じゃなくても、価値がねェと言われても。
こうして幸村の心にほんの少しいられたら。
 

 


それで俺の想いも業も充分報われる。
 

 

 

「政宗殿、政宗殿ォ!嫌だ、嫌でござる!しっかりなされよ!!」
 
 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとうな。

 

 

 


やっぱり俺、アンタが大好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
俺の全てが幸村に委ねられ、僅かな息は寒空に消えた。
 


握り返すことをやめた指は、暑苦しい幸村のおかげでまだ温かかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
何の因果か、俺の体は人型のまま消えずに残っちまった。
 
 
幸村は一族の先祖が眠る場所に俺を送り、その一部を屋敷の庭に埋めた。
それは俺もなかなかに気に入ってた場所。
アイツの部屋から一番美しく眺められる桜の木の下。
 
 
 
俺は…
 
永遠に対の人間と一緒にいられる

この世で一番幸せな
 
 

 

 

 

 


 
蒼い鳥