一度抱かれたぐらいでさァ
付き合ってるなんて思ってるんじゃねェだろな
自惚れんのも大概にしろよ?

これだから男前は困ンだよ

どうりで…
そんな目で俺のこと見るはずだ
モテねェ俺でもそんな目で見られりゃなァ


惚れたのかよ

この俺に

 

 

バカじゃねェの?

俺がお前にそんな気起こるかよ
野郎ってのは、心と下半身が別モンって生き物だろ?

よく考えてみろ?
俺がお前のこと好きなはずねェじゃねェか
嘘でも好きだなんて言えねェなァ

だいたい
お前なんかのどこを好きになれって?

 

 

ケツ貸した借り返せってか?

あァ…
どうとでもしてやるよ
この心以外ならな
何でもやるよ?
勝手に持って行きゃいいだろ

 


俺が大事なのは

この女

 

 

 

 


どんな闇夜をも照らす
孤高の月

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


月詠・・・・

 

っていったかな。
万事屋の女…になるのか?

美しくて強い女。

 


こんな俺が…
男の俺が…

かなう相手じゃなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多分、いつものパターンだったと思う。

市中徘徊の帰りにバッタリ会っちまったんだろな。
正直溜まってた。
アイツにもそんなタイミングだってあるだろ。
野郎だし。
普段の小競り合いに妙な何かが混ざっちまった。

そのまま万事屋となりゆきで寝て…

あいつが上で、俺は女になった。


抵抗しなかったのは、きっと惚れてたから。

 


あいつの言うとおり。
悔しいが…
俺は万事屋が好きだったんだ。

一度抱かれただけで、勘違いしちまうほどに。


それまで抑えてた想いが、抱かれた衝撃で止められなくなっちまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吉原の解体が秘密裏に計画されていた。

 

 

 

 

 

 

 


春雨による吉原の滅失。
鳳仙がいなくなったことによって、春雨の手に負えなくなった吉原を潰そうってワケだ。

春雨は実質、御上の同胞。
俺たちは立場上、春雨の意見に賛同する他ねェ。
天人様々。


仕事は遂行するし、俺にとっちゃ吉原がどうなろうと関係ねェ。

 

 


・・・・・・・はずだった。

 

 

 

 

 

 

はずなのに。

 

 


あの女。
あいつを死なせるわけにはいかなかった。


真選組副長としての権限をギリギリまで濫用してやろうと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 


「安心しろ…お前を殺す気は毛頭ねェ」

 

真選組が踏み込んだときには、もう吉原の半分が焼けていた。

「ここはじきになくなる」


吉原の女でありながら、ツラに傷。
大胆な網タイツにキセル。
近藤さんが嬉しそうに話してたからな。

一目見てわかった。


「お前を万事屋の元へ送り届けてやりてェんだ」

いきなりつかみ掛かった俺に、最初は本気で迎撃されたが、それも一瞬。

「お前を万事屋の元へ送り届けてやりてェんだ」

俺と瞳が合った途端に、フッと殺気を解いた。
相手の殺気をよむ力。
いくつもの死線を乗り越えてきた女だと、すぐにわかった。

 

「ぬしは…」
「真選組副長、土方十四郎だ」
「真…っ、ぬしにそんな真似ができるものか!」

あァ…
そうだよ。

俺は春雨を援護する身。
お前を攻撃しなきゃならねェ。

 


「シャバでアイツと幸せになってほしいんだ」

「アイツ…って?」
「・・・・・」

「銀時のことか?」
「・・・・・・あァ」


滑稽なこの俺の、猿芝居に付き合っちゃくれねェか・・・・・・

 

 

 

 

 

 

そうやって俺は、まんまと月詠を人質にとることができた。

俺を信じて捕まった振りをしてくれた月詠。
人質としてさらったまま、万事屋に受け渡す。
逃げられたと謝れば、この大惨事に免じて謹慎か減給で済むだろう。
とっつあんも鬼じゃねェ。

 

こいつの大事な主人、日輪も同様に。
近藤さんが命がけで逃がしてくれた。

「アンタを万事屋のところへ必ず送り届ける」

 


「・・・・・・恩に着る」

 


あァ・・・・・・
女はこうだから守り甲斐があるってモンだ。

日輪と万事屋の名前を聞いて、美しく微笑む月詠。
アイツ、ここに落ちたんだな。
心のきれいな女の笑顔だった。

「でも、ぬしにそんな力が…?」
「なくても手繰り寄せる」


もしダメでも・・・・

それが万事屋のためだってなら、討ち死にだって切腹だってやってやる覚悟だ。

 

 

 

 

「ぬし…銀時のことが…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタ方のお望みの女だよ」

 

 

 

月詠の喉元に刀をつきつけ、春雨のやつらに見せしめる。

「ほう…地球のサル共にも、そこそこの腕の者はいるのだな」
「ナメてもらっちゃ困るな」
「百華の頭を仕留めるとは、大した手柄だ…松平の目利きもなかなかだ」


屯所に連行するのだと言えば、気味悪い笑みを浮かべて見送ってくれる。

 

 

 

 

 

 

 

すべてが上手くいく。


もう少しで、すべてが・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

燃え盛る地下遊郭。

逃げ惑う遊女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな荒れたこの地に現れた、一筋の銀色の光。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テメェ…」

 

 

 

 


かぶき町ではち合うときに見るツラとは、似ても似つかねェ。


「味方だとは思っちゃいなかったけど」


その瞳は、底知れず冷てェ。


「人の心は持ち合わせてると思ってたよ」


その声は、底知れず冷てェ。


「そいつがいなくなれば、俺の気持ちがテメェに向くとでも思ってんのか?」


思ってねェよ。


「…下衆が」


思ってねェって。

 

 


どこからか聞きつけたんだろう、万事屋が吉原に乗り込んできやがった。

いつ振りだろう。
会いたかった。
ずっと見たかった姿。
今は見たくなかった姿。

久しぶりに見たその愛しいツラは、胸が張り裂けそうなほど冷たかった。

 

違うんだ。
誤解しねェでくれ。
今ここでバラすわけにはいかねェんだ。
せめて春雨のやつらの目の届かないところまで、もうちょっと待ってくれねェか?

こいつを殺すつもりなんざ、まったくねェ。
助けてやりてェんだよ。

俺にはこんなやり方しかできねェんだ。

 


いくらお前でも、この春雨側の数。
生きて戻れるとは思えねェ。

だから俺にさせてくれ。
お前の幸せの手伝いをさせてくれ。

 

 

「銀時!!!違うんだ!!」

事情を話そうとする月詠を制止し、俺はじっと万事屋を見据える。
あの木刀に手をかけ、俺ににじり寄る万事屋を。

 

「俺の大事な女だとわかって、そうやってんだよな?…心底軽蔑するぜ」

 

 

 


腰から木刀を抜き、まっすぐに俺を差す。
怒りに満ちた目で、刺すように俺を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 


殺される。

 

 

 

 

 

 


でも、ここで月詠を離せば、全て水の泡。
月詠も万事屋も滅多な目に遭うだろう。

それだけはあっちゃいけねェ。


幸せになってほしいんだ。

 

 

 

 

好きなやつには
笑っていてほしいんだ。

 

当たり前じゃねェかよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気持ち悪ィんだよ!!!このホモ野郎っ!!!」

「・・・・・・・っ」


「そいつから手を離せ!」

思わず、月詠を掴む手に力がこもった。

「汚れたその手で触るな!!!!」


大事なんだよ。
俺にとっても。

お前の大事なものは、俺にとっても大事なんだよ。
守りてェんだよ。

 


頼む…

お前の一部に触れさせてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黙るしかねェ俺に、ついに万事屋が駆け出した。

 

 

 

 


万事屋の全身から立ち昇る殺意。
振り翳される木刀。

あまりの気迫に、指先さえ動かせねェ。


ただ、怖くて切なくて震えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


涙が一筋。

 

 


頬を伝った。

 

 

 

 

 

 

 

 


「やめろ銀時!!!!!!」


「この男、わっちらを救ってくれる!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万事屋


お前が好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胸を破かれ、瞬く間に吹き出る鮮血。
見事な太刀筋は、俺の身体を簡単に貫いた。


月詠の声に一瞬怯んだ万事屋の踏み込みも、俺を始末するには充分。

 

 

 

ゆっくりだった。

涙で曇るすべてが、ゆっくり。
人はこうして終わっていくのかと、ぼんやり思った。

肉体を裂かれる痛み。
骨を砕かれる苦しみ。

 


そんなモンを一瞬で覆い尽くす、大声で泣き叫びたいような哀しみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ・・・・・
木刀って、こんなに鋭かったっけな。


真剣で斬られるよりずっと痛ェ。

 

 

 

 

「万事屋ァ・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「おいっ!しっかりしろっ!!」

 


俺に触るなよ…
万事屋が怒るぞ?

血みどろで横たわる俺に縋りついて泣く月詠。
状況が理解しきれていない万事屋は、真っ赤な木刀を握ったまま呆然としている。
どこかホッとしたように。

 

「にげ…ろ…」

 

こんな所じゃ、そのうちに春雨のやつらが気付く。
早く地上へ逃げてくれ。
俺の努力、意味があったかわからねェが、無駄にしねェでくれよな?

「でも、ぬしがっ…!!!!」

俺は、もういいんだよ。

お前を万事屋のところに届けるためにここに来たからな。
もう俺ァ、御役御免だ。

 

 

「しっかりしろ!!ぬしも銀時の傍にいたいんだろう?!!!」

 

 

 

 

 

 

だったら何だ?

皆まで言うんじゃねェよ。
もうこれ以上惨めにしねェでくれ。

 

 

視界が翳む。

万事屋のツラも見えねェ。

 

 

 

このツラのせいで、俺は今までいろんなヤツに言い寄られてきた。
男も女も。
近藤さんなんか、それが羨ましいっていつも言ってたな。


それが聞いて呆れるぜ。
恋ひとつ、掴めねェなんてな。

酷ェ嫌われようじゃねェの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「土方・・・・・?」

 

 

 


万事屋から殺気が感じられねェ。

なんでだ?
ここは戦場だぜ?
俺もいるってのに…

 

 

 

 

「・・ぎ・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀時…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


もし、また俺とお前に生まれ変わったら…
呼べなかった名前を呼ばせてくれねェか?

 


悪ィな…
俺、本気だったみてェ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦火は燃え盛り、四角い夜空に火の粉が昇る。
むせ返るような暑さの中、月詠はいつまでも俺の体を抱きしめていてくれた。

 

息絶えた俺が、少しでも温もりを失わねェように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


なァ…

あのあと、上手く逃げたんだろな?

幸せにやってるか?


相変わらず、金はねェ時間は有り余るで過ごしてんだろうよ。
今度会ったら、また「多串君」とか言って喧嘩でも吹っかけてくんのか?
だいたいお前、俺の行く先々に現れんな。

気に入らねェ野郎だ。
本当に。

 

 

大好きだったよ。

 

 

 

 

 

 


バカヤロー