見返りなんざ、求めちゃいねェ。

俺は俺で勝手に、あの人が大切で大好きだった。

 

 


もうイイ年だし、いつ女貰ったっておかしくねェ。
子供も作って、幸せな家庭を築いて欲しかった。
こんな物騒な仕事してても、あの人には平穏でいて欲しかったんだ。


そのためになら、何だってする覚悟でいた。

 

 

 

 

 

 


でも…

 

 


ホントに取っていかれるとなると、案外辛ェのな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「これで何度目だ?」

 

 

 

「8度目です…」

山崎の口調は、いつになく厳しい。

 


行楽地での事故もなく、連休が明けようとしている。


明日は連休の慌しさを受けてのオフ。
何時まで寝てようかな…

そんな暢気なことを考えてた時だった。

 

 

 

 

 

 

目の前には山崎が撮ってきた数枚の写真。
写っているのは、事故車…


…なんかじゃねェ。

 

変わり果てた真選組の隊のパトカーだった。

 

 

 


「昨日、この車両は午前中しか使われなかったので、奥側の車庫に止めてありました」
「やっぱり内部…ってことか」
「…そうですね」

マジになってる時のコイツは、俺でも息を飲む気迫を放つ。
ラケット振り回してる時とはまるで違ェ。

「実際、その午前中に使ってたというのは、伊東さんなんですよ」
「…そうか」
「当初、午後も警視庁までお出かけの予定でしたが、局長のお車に一緒に乗って行かれて」


「気付かれねェように、伊東を警護してくれ」

「…はい」

 

 

 

 

 

 

 

あの一件以来、伊東の評判は二分した。

 

 

 

万事屋や篠原の粋な計らいで、伊東の過去が明かされた。

そりゃ伊東は気に入らねェよ?
インテリ臭撒き散らして、そりゃ、ウザくて堪らねェけど…

 


憎いわけじゃねェんだ。

そんな思い出話を聞かされて、ちょっとほだされたりもしちまってな。

 


隊はメチャクチャだし、近藤さんや山崎を窮地に立たせるなんざ、許されることじゃねェ。
でも、アイツもずっと寂しかったんだと思うと、甘い判断がよぎる。
こりゃ、俺も切腹モンだな。

 

そうやって、今回だけは改心の余地をみて助けてやろう…っていう奴ら。
ほとんどがそうなんだけどな。


中には、しぶとく追放しようとするヤツらもいて…

 

 

 

 

 

 

 

「近藤さん」

 

「?」
「ちょっと…いいか?」
「ん、トシ?どうぞ?」

もう横になって本を読んでた近藤さんだが、俺の面持ちに、起き上がって向き直った。

「どうかしたか?」

ふと、視線を落とすと、近藤さんが読んでた本。
表紙には固そうなおっさんの写真。
巷で人気の心理学者らしい。

 

本のタイトルは「ケア」。

なんだって、近藤さんはこうもおせっかいなんだ。

 

「伊東が狙われてる」


「?」
「昨日伊東が使ったパトカーに、爆弾が仕掛けられてた」
「…ぇ!」
「俺が知ってるだけで5件、山崎が調べただけで8件…状況からしてウチの誰かだ」
「真選組の…誰かがってことか?」
「そうだ」

近藤さんの眉間に一瞬しわが寄った。
本当にわからねェぐらい、ほんの少しだけ。


いつもみてェに大袈裟に怒鳴ったりしねェ。

本気の証拠だ。

 


「先生の部屋に行く」

「え?」
「言って、本人と対策を練る…」
「ちょ、まだ刺激すんな」
「フラフラと無防備に出歩かれたら困るよ」
「でも…」
「そんな何度も襲われてんだ、いつ最悪の事態が起こるかわからない」
「…」

なんだよ、ガラにもなく焦っちゃって。
そんなに伊東が心配かよ。

「トシも一緒に来てくれ」

 

断れるかよ…
こんな切羽詰った目ェされて。

 

惚れた弱み…ってヤツかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ…知ってますよ」

 

思った通りというか…
伊東は冷静だった。

「え?!ご自身が狙われてるってご存知だったんですか?!!」
「はい」
「じゃあ、なんで何もしないでいるんです」
「何をしたらいいんですか?」
「ボクやトシに相談でもして下さいよ…」

アホか…
伊東がそんなキャラかよ。

「はは、ごめんなさい…でも、そうしたら彼らは更に熱くなる」
「…」
「それに僕を狙ったという確実な証拠もない」
「で、でもっ…!」
「嬉しいですよ…1度は裏切った僕を、そんな風に言ってくださって」
「ボクはっ、先生が必要なんです!」

なんて陳腐な告白すんだよ。
ったく、ガキでももっと上手くやるぜ?

 


こんな不器用で真っ直ぐだから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 


俺の心まで、簡単に攫っていっちまうんだ。

 

 

 

 

 

 


「先生がいなくなったら困る!」
「近藤さんったら、土方君の前でそんな…」
「?」
「…アホか、妙なこと言ってんな」
「??」
「ふふ…近藤さん、ありがとうございます」

 

「先生ェ…っ」

 

感極まったように伊東の手を握る近藤さんの手が、怖いほど白い。
そんなに力入れなくたっていいんじゃねェの。

 


そんなに好きか。


そんなに大切か。

 

 

 

 


「俺も守ってやるよ…心配すんな」

 

 

 

 

 


だって、仕方ねェじゃん。
他に、どう言やァいいんだよ。

 


「ホントか!!ありがとうトシ!恩に着る!」

 

 

 

俺の幸せってな…

 

 

 

アンタが幸せで笑ってることなんだよ。

 

 

 

 

 

 

「今日から、ボクの部屋に移って下さい」
「え?それはやりすぎでしょう」
「いいえ…トシも隣の部屋ですし、安心です」

苦笑いの伊東は、そのまま近藤さんに手を引かれて、部屋を出た。
伊東の手が塞がってるんで、荷物は俺が持った。

 

 

 

伊東らしい、簡素な荷物。

俺なんかには到底読めなさそうな哲学書。
達筆なアイツらしい、手入れされた筆。

意外だったのは、好物であるという飴玉。
箱の中にいろんな色の飴玉が入ってて、思わず俺は微笑んだ。
俺は甘いモンは好んで食わねェが、こうも鮮やかだと興味も沸くってモンだ。

 

「?」

 

 

 

 

 

目の前でキラキラ輝く飴玉に混じって、妙な光が視界を掠めた。

 


「ッ?!!!」

 

 

 

 

向き直ってみると、中庭の草陰に銃口。

 

俺が飴玉に見とれていたせいで数歩先を歩いていた伊東を狙っていたんだ。


近藤さんは気付かない。
近藤さんも伊東を守って廊下の外側を歩いてる。
このままじゃ、近藤さんにも当たっちまうかも知れねェ。

 

 

 

 


間に合うか…

 

間に合ってくれ…

 

 

伊東…
死んでくれるな。

 

近藤さんが惚れたお前なんだ。

俺の大切な近藤さんが好きになったお前なんだ。

 

 

 

 

「伊東ォ…っ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

悔しいけどな。
俺には太刀打ちできねェよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズ…ドォン…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


俺が近藤さんの幸せになれねェんなら…
俺は近藤さんの幸せを守りぬくだけだ。

 

 

 


お前を守るだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たとえ、この命と引き換えでもな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぁ…」

 

 

 

 

 

飴玉が宙に舞う。

 

 

 

 


キラキラ…

キレイだ。

 

 

 

 

 


「トシ?!!!」
「土方君!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

狙い澄まされた鉄の弾…

俺の壊れかけた恋心を貫いて、全てを終わりにしやがった。

 

 

 

 

 

 

もう、体中のどこにも力が入らなくて、近藤さんに縋るにも手が届かない。

この手、最期まで届かなかった。

 

 

 


目の前が飴玉から血に変わる。
見たこともねェぐらいの赤い赤い血が、俺を怯えさせた。
死んじまうんだ…って、直感でわかるような赤い血。

 

怖ェ…

助けてくれ…

 

 

 

涙で近藤さんが翳む。
頬を伝う暖かさに、体が冷たくなってることに気付く。

 

 


もうこんなに…
死に近い。

 

 

 

 

 


近藤さん…

 

 

 

 

 

 

 


硬いはずの廊下の床板が、なんだかフンワリと背中に当たる。

重力に逆らえず、横たわる体。
衝撃で立ち尽くす伊東の瞳が、怖いぐらい見開かれてる。

 

 

 

 


「トシ、トシっ!しっかりしろ!!」

 

 

 


あぁ…

 

やっと俺を見てくれた。

 

 

 

 

 

 


「こ…ん…」

 

 


笑えてたかな。


涙で酷ェツラになっちまってたかもな。

 

 

 

 

 

泣くなよ、近藤さん。
俺ァ、アンタに笑ってて欲しいんだ。
アンタの笑顔が見てェんだ。

なんだよ、伊東まで…
シケたツラしやがって。


お前ら2人、笑ってくれよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春の夜風がひと吹き。

 

 

 

俺の息を攫って消えた。

 

 

 

 

 

 

「トシぃ…ッッッッッ!!!!!!」

 

 

 

 


流れる赤い血はまだ温かい。

伝わらなかった俺の未練がましい恋心を、嘆くようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺を貫いた銃弾から犯人が特定され、即極刑。


やっぱり、隊内の奴だった。
バカな連中がいたもんだな。

 

 

 


そして、近藤さんと伊東にもまた平穏が訪れた。


まァ、真選組に平穏なんざあったモンじゃねェが。
でも、それなりに幸せそうにしてやがる。

 

 

 

 

 


ひとつ胸が痛むのは…

 

 

 

 

 

 

2人が時折見せる悲しい顔。

 

 

俺が悪いんだよな。

ゴメンな…
こんなやり方しかできなくて。

 

 

 

 

 

 

 


お前らからは見えなくても…

 

俺はずっとずっと祈ってるから。